パリのドミトリー 24 x2
パリのインターネットカフェ夜中8時間 x2
パリの一つ星ホテル 49 x2
列車、パリからレンヌの2等 56
列車、パリからベルサイユ往復 5.80
モンテルナスタワー屋上 約9.50
ルーブル美術館 9
レンヌYH 20
ジェネYHテント朝食付 9
ジェネYHテント 6
ジェネYH 11
バユーYH 18.50 x2
D Day博物館 6
ボロニューYH 17
モンサンミッシェルからハレまでのガソリン代 80
アンニャとのディナー 40
YHのメンバーになるためのシール 3 x6
列車、ハレからブルッセル 3
ブルッセルYH3人部屋 18.50
ブルッセルYH6人部屋 16.50
ユーロラインバス、ブルッセルからルクセンブルグ往復 32
ローカルバス、ルクセンブルグからエヒテルナッハ 1.50 x2
エヒテルナッハYH 17.50
エヒテルナッハキャンプ 10
ルクセンブルグYH 19.50 x2
列車、ルクセンブルグからリエージュ 36
リエージュYH 17.5 x2
ベルギーワッフル 1.50
列車、リエージュからアントワープ 14.60
アントワープユースホテル4人部屋ドミトリー 21
アントワープピザとビール 8.50
ドルドレクトキャンプ 10
(オランダのYHは毎日値段が変わる)
ロッテルダムYH 29
アムステルダムYH 20 x2
レンタル自転車 10
アムステルダムホステル、フライイングピッグ 28.70
トラム、アムステルダム1ゾーン 1.60
Largeポテトフライ、アムステルダム 3
バス、ユーロラインパス+予約料 439+5
ストラスブールYH 19
マクドナルドビッグマッククラスセットラージ 7
ミランYH 19
シングルアイスクリームコーン 2
列車、リヨンからジュネーブ 22.90
ジュネーブYH 29フランク
ブラティスラバ格安ホテル1人部屋、TAX含む 450sk(1ユーロ≒30sk)
コペンハーゲンYH 200デンマーククローネ シーツ50デンマーククローネ
ベルリンホステル 21.50 朝食3.50
チェコ格安ホステル 270チェコクローネ
チェコのバー500mlビール 24クローネ
タリンツイン 500クラウン(1人250クラウン)
タリンホステル 200クラウン x 3
タリンのビッグマックセット 60クラウン
タリンのピザディナー 100クラウン
ケルンのビッグマックセット 6ユーロ x 2
列車、プラハからドレスデン 600クローネ
ドレスデンのホステル 土曜12ユーロ 日曜7ユーロ シーツ3ユーロ
列車、ドレスデンからエルフルト 19ユーロ
列車、エルフルトからワイマール往復 6ユーロ
列車、エルフルトからドイツ国境(チェコ国境) 19ユーロ
列車、ドイツ国境からチェコ国境 3.70ユーロ
列車、チェコ国境からブダペスト 53ユーロ
ブダペスト日本人ホステルアンダンテ 14ユーロ x 2
ブダペスト温泉 2300フォリント
ブダペストアンダンテ近くのカレー屋 950フォリント
列車、ブダペストからバルトンシュメス 2050フォリント
列車、バルトンシュメスからナカニッツァ 1350フォリント
列車、ナカニッツァからザグレブ 3150フォリント
ザグレブホステル500mlビール付き 100クナー
ザグレブバラック(肉入りパン) 12クナー
バス、ザグレブからプリトビッチェ 100クナー
プリトビッチェ入場料 220クナー
バス、プリトビッチェからザダル 98クナー
ザダルSOBE 80クナー x 2
スプリットSOBE 120クナー
フェリー、スプリットからドブロブニク 97クナー (8時間)
ドブロブニクSOBE 70クナー x 2
瓶ビール500ml 7クーナ
ペットボトルビール2リットル 17クナー
モスタルホステル 10ユーロ
列車、モスタルからサラエボ 10マルク
サラエボホステル 12ユーロ
レストランのチェバブチチ 7マルク
持ち帰りブレック 2.50マルク
バス、サラエボからポドゴリッツァ 35マルク 荷物1マルク
バス、ポドゴリッツァからブドバ 6ユーロ
ブドバホステル(ヒポホステル) 12ユーロ
バス、ブドバからコトル3ユーロ
ティラナホステル 12ユーロ又は1500レク
ベラートホステル 8ユーロ又は1000レク x 3
シュバーハ、肉とサワクリームとポテトのディッシュ 200レク
ユーロライン予約手数料
アムステルダム 5
ストラスブルグ 0
ミラノ 5
リヨン 0
ジュネーブ 5フランク 荷物預かり料1つ 2フランク
ブラティスラバ 150sk
ウィーン ?
クラコウ 0
ハンブルグ 0
コペンハーゲン 0
ベルリン 3
プラハ 0
タリン 0
ケルン 0
旅した経験、プライスレス
ADSENSE
2008年9月27日土曜日
2008年9月26日金曜日
サラエボからモンテネグロへ
サラエボからモンテネグロ入りするには2つのルートが考え
られる。1つはモスタル経由でドブロブニクまで行き、
そこから海岸沿いにモンテネグロへ行く方法。もう1つは
直通の山道を通る経由。
ドブロブニクから来る際はモスタル経由だったので、今回は
山道を選んだ。バスの時間を調べると、ポドゴリッツァ行きの
8:15と14:00がある。ヒッチハイクも考えたが、距離が
若干遠めと、経由する町の情報がよくわからず、また雨も
強く降っていたので、バスで移動する事にした。
8:15のバスに乗るべく7:15に宿を出発しようとするが、
バス停の名前をよく見ると「East Station Sarajevo」と
書いてある。そして、その場所はメインステーションから
遠く離れ、高い丘を越えた町の南側に位置している。
時間的に間に合いそうだが、行き方がわからない。残念
だが朝の便は諦めた。14:00の便に乗るとポドゴリッツァに
到着するのが21:00頃になってしまうので、もう一泊して
次の日に伸ばそうとしたが予約で一杯だったため、仕方なく
14:00の便に乗る事にした。
バスの乗車率は90%ほど。大きさ的にはマイクロバス程度
だが、こんなに一杯になるとは思っていなかった。18ユーロ
という値段設定なのか、それとも週末のせいなのか。。。
バックパックのような大きな荷物を持った人はたった3人なので、
ほとんどが地元の人なのだろう。
バスは山の中を走行する。かなり曲がりくねっていて細い。
断崖絶壁の脇を掘って道を作っているので、結構怖い。
もちろんガードレールなんか無いので、全てはドライバー
次第。対向車が来る度にぎりぎりで通り過ぎていく。
国境にさしかかるとパスポートチェックがある。クロアチア
からボスニアヘルツェゴヴィナへ入った際は何のチェックも
無かったので、旧ユーゴスラビア内ではチェックが無いのかと
思っていたのだが。そして嬉しいことにモンテネグロ入国の
スタンプをもらえた。フランス、クロアチアに次いで3回目の
スタンプだ。
モンテネグロに入ると道は広くなった。相変わらず山道を
くねくねと進むが、それほど怖い場所も無い。
しかし、ずっとサラエボからずっと山道だ。ここら辺の国が
こんなに山の国だったとは思わなかった。平地率とか日本と
変わらないんじゃないだろうか。
予定通り20:30にバスはポドゴリッツァへ到着した。早起き
だったのでバスの中で寝られるかと思っていたら、ほとんど
寝られず、今日はかなり疲れた。でも、山の景色はなかなか
良かったので、乗った甲斐はあったかな。
ターミナルに着けばSOBEの勧誘があるかと思っていたが、
来るのはタクシーの運ちゃんの誘いだけ。これから宿探しを
しなければ。。。
られる。1つはモスタル経由でドブロブニクまで行き、
そこから海岸沿いにモンテネグロへ行く方法。もう1つは
直通の山道を通る経由。
ドブロブニクから来る際はモスタル経由だったので、今回は
山道を選んだ。バスの時間を調べると、ポドゴリッツァ行きの
8:15と14:00がある。ヒッチハイクも考えたが、距離が
若干遠めと、経由する町の情報がよくわからず、また雨も
強く降っていたので、バスで移動する事にした。
8:15のバスに乗るべく7:15に宿を出発しようとするが、
バス停の名前をよく見ると「East Station Sarajevo」と
書いてある。そして、その場所はメインステーションから
遠く離れ、高い丘を越えた町の南側に位置している。
時間的に間に合いそうだが、行き方がわからない。残念
だが朝の便は諦めた。14:00の便に乗るとポドゴリッツァに
到着するのが21:00頃になってしまうので、もう一泊して
次の日に伸ばそうとしたが予約で一杯だったため、仕方なく
14:00の便に乗る事にした。
バスの乗車率は90%ほど。大きさ的にはマイクロバス程度
だが、こんなに一杯になるとは思っていなかった。18ユーロ
という値段設定なのか、それとも週末のせいなのか。。。
バックパックのような大きな荷物を持った人はたった3人なので、
ほとんどが地元の人なのだろう。
バスは山の中を走行する。かなり曲がりくねっていて細い。
断崖絶壁の脇を掘って道を作っているので、結構怖い。
もちろんガードレールなんか無いので、全てはドライバー
次第。対向車が来る度にぎりぎりで通り過ぎていく。
国境にさしかかるとパスポートチェックがある。クロアチア
からボスニアヘルツェゴヴィナへ入った際は何のチェックも
無かったので、旧ユーゴスラビア内ではチェックが無いのかと
思っていたのだが。そして嬉しいことにモンテネグロ入国の
スタンプをもらえた。フランス、クロアチアに次いで3回目の
スタンプだ。
モンテネグロに入ると道は広くなった。相変わらず山道を
くねくねと進むが、それほど怖い場所も無い。
しかし、ずっとサラエボからずっと山道だ。ここら辺の国が
こんなに山の国だったとは思わなかった。平地率とか日本と
変わらないんじゃないだろうか。
予定通り20:30にバスはポドゴリッツァへ到着した。早起き
だったのでバスの中で寝られるかと思っていたら、ほとんど
寝られず、今日はかなり疲れた。でも、山の景色はなかなか
良かったので、乗った甲斐はあったかな。
ターミナルに着けばSOBEの勧誘があるかと思っていたが、
来るのはタクシーの運ちゃんの誘いだけ。これから宿探しを
しなければ。。。
| 送信者 sarajevo_to_podgorica |
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青い目のイスラム教徒-サラエボ
日本を出発した時は、サラエボに行こうなんて思っていませんでした。
昔、戦争があった時期によく聞いた名前ですが、最近はそれほど
ニュースにも上がらず、どんな場所なのかも想像できませんでした。
行くことに決めたのは、旅の途中で旧ユーゴスラビアが今どうなって
いるのかが見たくなった事と、資金面の問題で安いところへ移動
したくなっていたからです。
この国へ来たのは正解でした。最初、ボスニアヘルツェゴヴィナへ
足を踏み入れてみてかなりの衝撃を受けました。民族や宗教が
混じって町が出来ているとは聞いていましたが、実際に自分の
目で見ると不思議な感じがします。
サラエボに入る前は、トルコ人と見た目が近い人が多いのかと
思っていたら、実際には私達が白人と認識するような人もたくさん
います。私は、アメリカのドラマの見すぎで、イスラム教徒
といえば中東の人のイメージがあり、町を歩いてみて自分の
持っているイメージとの差の大きさに驚きました。実際、
青い目で金髪のイスラム教徒を見た時には、私の常識は完全に
置き換えられました。
この宗教のごった返した町、なるほど宗教戦争が起きてしまう
のも理解ができました。
昔、戦争があった時期によく聞いた名前ですが、最近はそれほど
ニュースにも上がらず、どんな場所なのかも想像できませんでした。
行くことに決めたのは、旅の途中で旧ユーゴスラビアが今どうなって
いるのかが見たくなった事と、資金面の問題で安いところへ移動
したくなっていたからです。
この国へ来たのは正解でした。最初、ボスニアヘルツェゴヴィナへ
足を踏み入れてみてかなりの衝撃を受けました。民族や宗教が
混じって町が出来ているとは聞いていましたが、実際に自分の
目で見ると不思議な感じがします。
サラエボに入る前は、トルコ人と見た目が近い人が多いのかと
思っていたら、実際には私達が白人と認識するような人もたくさん
います。私は、アメリカのドラマの見すぎで、イスラム教徒
といえば中東の人のイメージがあり、町を歩いてみて自分の
持っているイメージとの差の大きさに驚きました。実際、
青い目で金髪のイスラム教徒を見た時には、私の常識は完全に
置き換えられました。
この宗教のごった返した町、なるほど宗教戦争が起きてしまう
のも理解ができました。
ジプシーに気をつけろ
ボスニアヘルツェゴヴィナに入る前に複数の人から注意を
受けたのが、「ジプシーに気をつけろ」ということです。
本物のジプシーとはちょっと違うらしいのですが、似たような
生活をしている人達がいて、旅行者の荷物をよく狙うらしいです。
夜道を襲ったりしてくるわけではないので危険は無さそうですが、
いつの間にか持っている荷物がなくなっている、というのが常套手段
のようです。バックパックのように重たい荷物は盗まれにくい
とのことですが、基本的に洋服でも食べ物でも何でも盗むそうです。
アドバイスを受けて、いつもより更に気をつけて身の回り品には
気を配り、おかげで滞在中は何も起きませんでした。
受けたのが、「ジプシーに気をつけろ」ということです。
本物のジプシーとはちょっと違うらしいのですが、似たような
生活をしている人達がいて、旅行者の荷物をよく狙うらしいです。
夜道を襲ったりしてくるわけではないので危険は無さそうですが、
いつの間にか持っている荷物がなくなっている、というのが常套手段
のようです。バックパックのように重たい荷物は盗まれにくい
とのことですが、基本的に洋服でも食べ物でも何でも盗むそうです。
アドバイスを受けて、いつもより更に気をつけて身の回り品には
気を配り、おかげで滞在中は何も起きませんでした。
2008年9月21日日曜日
ヒッチハイクfromメトコビックtoモスタル
バスでメトコビックへ来た後、国境を越えた方がヒッチを
しやすいだろうと思い、とりあえずボスニアヘルツェゴビナへ
行くことにした。バス停付近で通りがかりのおっちゃんに
道を確認して徒歩で国境へ出発。
距離にしてだいたい2kmぐらいだろうか、一応モスタルと
書いたホワイトボードを頭に掲げて移動していた。すると、
国境まであと300mぐらいというところで、目の前に車が
止まった。モスタルまで乗せてくれるそうだ。ラッキー♪。
乗せてくれたのは、60歳代の夫婦。戦争が始まる前に
ロンドンへ脱出し、今はロンドンとモスタルを行ったり
来たりしているそうだ。
途中コーヒーブレークをした際、またもやおごってもらった。
今度はトルココーヒー。初めてだったので、飲み方を
教えてもらい、美味しく頂きました。
年配の方がヒッチで止まってくれたのは初めてだったので、
なぜ止まってくれたのか聞いてみると、意外な事実が。
それまで気がつかなかったが、バスを降りてから道を
尋ねた人が旦那様だったらしく、その後歩いている私を
見て乗せてあげようと決めたそうだ。そんな単純な
振る舞いが左右するってのも面白い。いや~、本当に
面白い。
夫婦は私をモスタルのバス停まで送ってくれた。
しやすいだろうと思い、とりあえずボスニアヘルツェゴビナへ
行くことにした。バス停付近で通りがかりのおっちゃんに
道を確認して徒歩で国境へ出発。
距離にしてだいたい2kmぐらいだろうか、一応モスタルと
書いたホワイトボードを頭に掲げて移動していた。すると、
国境まであと300mぐらいというところで、目の前に車が
止まった。モスタルまで乗せてくれるそうだ。ラッキー♪。
乗せてくれたのは、60歳代の夫婦。戦争が始まる前に
ロンドンへ脱出し、今はロンドンとモスタルを行ったり
来たりしているそうだ。
途中コーヒーブレークをした際、またもやおごってもらった。
今度はトルココーヒー。初めてだったので、飲み方を
教えてもらい、美味しく頂きました。
| 送信者 dubrovnik_to_mostar |
年配の方がヒッチで止まってくれたのは初めてだったので、
なぜ止まってくれたのか聞いてみると、意外な事実が。
それまで気がつかなかったが、バスを降りてから道を
尋ねた人が旦那様だったらしく、その後歩いている私を
見て乗せてあげようと決めたそうだ。そんな単純な
振る舞いが左右するってのも面白い。いや~、本当に
面白い。
夫婦は私をモスタルのバス停まで送ってくれた。
メトコビックの高校生
オプゼンのバス停でバスを待っていると、目の前で高校生が
ヒッチハイクをしていた。自分以外の人間でヒッチをして
いるのを始めて見た。話しかけると、彼はメトコビックに
住んでいて、毎日学校が終わるとヒッチで帰るそうだ。
しかし、毎日ヒッチハイクとは。。。 恐れ入った。
ヒッチハイクをしていた。自分以外の人間でヒッチをして
いるのを始めて見た。話しかけると、彼はメトコビックに
住んでいて、毎日学校が終わるとヒッチで帰るそうだ。
しかし、毎日ヒッチハイクとは。。。 恐れ入った。
ヒッチハイクfromドブロブニクtoメトコビック
本日は雨天なり。ヒッチハイク初の雨天、といってもまだ
3回目。それほど強い雨ではないので問題ない。ただ、
曇っているため、ドライバー席が暗くて良く見えず、
アイコンタクトが取りづらい。
目的地はモスタル(Mostar)だが、前回学んだように中継の町で
あるメトコビック(Metkovic)とオブゼン(Opuzen)を並べた。
オプゼンまでは約100kmで、ドブロブニクは飛び地なので、
途中ボスニアヘルツェゴビナの領土を22kmほど通る。
宿のばあちゃんに貰ったブドウを食べながら車を待っていると、
1時間ほどで車が止まった。車からおっちゃんが出てきて、
オプゼンまで乗せてくれるという。なんでも、オプゼンから
ドブロブニクまで娘さんを大学まで送っていく途中で私を見て、
その帰りに拾ってくれたそうだ。
おっちゃんは45歳だが、結構英語ができる。英語は若い人なら
話せる人が多いと聞いていたが、おっちゃんもいけるんだね。
そして、とにかくよく喋る。2時間ほどのドライブで沈黙した
のは10分程度だろう。
話してくれた中で印象に残ったのは、1960年にアルバニアで
災害があった際、日本政府が援助したという話。アルバニアに
知り合いがいて、その人が言うにはアルバニア国民はその恩を
今でも忘れていないらしい。
途中、ボスニアヘルツェゴビナの領土を通過する際、チェック
はあるが、ほぼ素通り。そして、パスポートにスタンプは押して
もらえなかった。ただ、バスはちゃんとチェックを受けている
様子で、我々が通り過ぎる間、ずっと止まっていた。
この22kmのボスニアヘルツェゴビナ領土を回避するため、
クロアチアは現在、ドブロブニクへ繋がっている半島への橋を
作っているらしい。3年後ぐらいに完成するそうなので、
その時にはカスタムチェックを受ける事無く素通りできる。
おっちゃんが「今度クロアチアに来る時は、オプゼンに寄って
私の所に来なさい。歓迎するから。この町でバッジョはどこ?
と聞けば1人しかいないから直わかるはずだ。」と言ってくれた。
今度来た時には是非寄りたいと思う。
オプゼンに着くと、おっちゃんがサンドイッチとビールを
買ってくれた(笑。そして、「メトコビックまでは10km程度
だけど、時間がないので送ってあげられない。ここから
バスが出ているからそれに乗って行きなさい。」といって
バス代13クナーをくれた。おっちゃん超優しい。何度も
お礼を言って、おっちゃんと別れた。
13クナーあればビールが1リットル買えるが、ここは当然
バスに乗るさ。おっちゃんありがとう。無事にメトコビック
まで辿り着いた。
I love Croatia.
おっちゃんの車のスピードメーター
60km/h超えてると思うけど、ずっとこんな感じ(笑
3回目。それほど強い雨ではないので問題ない。ただ、
曇っているため、ドライバー席が暗くて良く見えず、
アイコンタクトが取りづらい。
目的地はモスタル(Mostar)だが、前回学んだように中継の町で
あるメトコビック(Metkovic)とオブゼン(Opuzen)を並べた。
オプゼンまでは約100kmで、ドブロブニクは飛び地なので、
途中ボスニアヘルツェゴビナの領土を22kmほど通る。
宿のばあちゃんに貰ったブドウを食べながら車を待っていると、
1時間ほどで車が止まった。車からおっちゃんが出てきて、
オプゼンまで乗せてくれるという。なんでも、オプゼンから
ドブロブニクまで娘さんを大学まで送っていく途中で私を見て、
その帰りに拾ってくれたそうだ。
おっちゃんは45歳だが、結構英語ができる。英語は若い人なら
話せる人が多いと聞いていたが、おっちゃんもいけるんだね。
そして、とにかくよく喋る。2時間ほどのドライブで沈黙した
のは10分程度だろう。
話してくれた中で印象に残ったのは、1960年にアルバニアで
災害があった際、日本政府が援助したという話。アルバニアに
知り合いがいて、その人が言うにはアルバニア国民はその恩を
今でも忘れていないらしい。
途中、ボスニアヘルツェゴビナの領土を通過する際、チェック
はあるが、ほぼ素通り。そして、パスポートにスタンプは押して
もらえなかった。ただ、バスはちゃんとチェックを受けている
様子で、我々が通り過ぎる間、ずっと止まっていた。
この22kmのボスニアヘルツェゴビナ領土を回避するため、
クロアチアは現在、ドブロブニクへ繋がっている半島への橋を
作っているらしい。3年後ぐらいに完成するそうなので、
その時にはカスタムチェックを受ける事無く素通りできる。
おっちゃんが「今度クロアチアに来る時は、オプゼンに寄って
私の所に来なさい。歓迎するから。この町でバッジョはどこ?
と聞けば1人しかいないから直わかるはずだ。」と言ってくれた。
今度来た時には是非寄りたいと思う。
オプゼンに着くと、おっちゃんがサンドイッチとビールを
買ってくれた(笑。そして、「メトコビックまでは10km程度
だけど、時間がないので送ってあげられない。ここから
バスが出ているからそれに乗って行きなさい。」といって
バス代13クナーをくれた。おっちゃん超優しい。何度も
お礼を言って、おっちゃんと別れた。
13クナーあればビールが1リットル買えるが、ここは当然
バスに乗るさ。おっちゃんありがとう。無事にメトコビック
まで辿り着いた。
I love Croatia.
| 送信者 dubrovnik_to_mostar |
おっちゃんの車のスピードメーター
60km/h超えてると思うけど、ずっとこんな感じ(笑
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