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2008年9月29日月曜日

初めてのアルバニアで

シュコーデルはモンテネグロとの国境から12kmの地点に位置する。
あまり調べてこなかったので、この辺りに何があるのかはよく
わからない。とりあえず、ホテルの看板は見えたので、宿泊施設は
あるようだ。

車を降りてから、右に進むか、左に進むか迷っていた。まずは、
ATMを探さないと。。。 お金が無ければ何も出来ない。5分ぐらい
考えていると、通りがかりのおっさんが「Hello」といって陽気に
通り過ぎていった。このチャンスを逃すわけにはいかないと、
近づいていって、ATMが無いかを聞いてみた。すると、英語が
通じない。身振り手振りでがんばってみるが、やっぱり通じない。
すると、おじさんが道路の向こう側を指差して、あっちへ行こうと
言ってきた。見てみると、白髪のおじいさんがカフェの外に座って
手を振っている。ひょっとして英語が通じるのか?と思い、
おじさんと一緒にカフェへ移動した。おじいさんは英語を話せ
なかったが、ATMでお金をおろしたいというのは伝わったようで、
ATMがどこにあるか教えてくれた。歩いて10分ほどの所のようだ。

おじいさんと話していると、また別のおじさんが話しかけてきて、
ATMまでバイクで乗せていってくれるとのこと。おじいさんも
「リュックは見といてあげるから行ってきな」と言っている
ようだった。正直、いきなり来たアルバニアで荷物を置いて
バイクでどこかへ連れて行ってもらうのは心配だったが、
全体の流れから断るのは難しかったので、貴重品だけを持って
残りの荷物はおじいさんに預けてバイクにまたがった。
バイクのおっさんはATMまで乗せてくれ、お金を下ろすのを
待ってくれて、ATMから元の場所まで送ってくれた。そして、
私を降ろしたら、バイバイとそのまま立ち去った。

元の場所に戻った私は、おじいさんに「まぁ、座りなさい」と
接待を受け、カフェで少しお話をする事になった。当然英語は
使えないので、身振り手振りとホワイトボードで
コミュニケーションを取り合った。そのうち、おじいさんが
どこに泊まる予定なんだいと言うので、「ん~、その辺の
道端で寝ようかな」と冗談半分で伝えると、「ならうちの
ガレージを使うと良い」とありがたいオファーをくれた。

送信者 around_shkoder

おじいさんの家はカフェのすぐ後ろにあり、ガレージへ着くと
息子さん(30歳)が椅子に座ってくつろいでいた。夜までずっと
暇なので、息子さんと一緒にくつろいでいると、近所の子供達
が4~5人集まってくる。みんな初めて日本人と話して楽しそうだ。
その中の1人だけ、英語が多少できる子がいて、その子が通訳
として活躍してくれた。13歳と言っていたが、学校で習った
だけであれだけ会話ができるようになるとは驚きだ。

送信者 around_shkoder
送信者 around_shkoder

夜になると、息子さんが近所のインターネットカフェに連れて
いってくれ、そこでサッカーゲームを楽しんでいた。この時は
プレーしなかったが、日本で私も相当ハマったゲームなので、
アルバニアでもプレーされている事に驚いた。プレーステーション
ではなく、パソコンを使っていたので、多分違法系のやりかた
だと思うが、まぁ誰もまだつっみを入れる人はいないだろうな。

送信者 around_shkoder

結局、ガレージではなく、息子さんと同じ部屋に泊めてくれたので、
気持ちよく寝ることができた。家は大きく、寝る場所はたくさん
ありそうだが、2階~4階はまだ骨組みだけらしい。

送信者 around_shkoder

次の日、ティラナ行きの乗り合いタクシーへ乗る際におじいさんが
運賃を払ってくれた。最初から最後までお世話になってしまった。
今度アルバニアを訪れる際は、何か恩返しをしないといけないな。

シュコーデルは忘れられない土地になった。

アルバニアへの道のり

バスかヒッチか。ブドバの町を出る際少し迷ったが、バスで
直接アルバニアへ行くとなると、ポドゴリッツァを経由するし、
どうせなら海岸沿いを行きたいのでヒッチにした。まぁ、
バスも海岸沿いの町まで乗ってからアルバニア行きに乗れば
いいのだが、若干高くつく。まぁ、ヒッチしてみましょう。

バール(BAR)とウーチン(ULCINJ)の他、直接行けたらラッキーな
アルバニア国境の町であるシュコーデル(SHKODER)もホワイトボードに
書き込み、9:00にヒッチ開始。

送信者 budva_to_sukodra

30分経過。クロアチアの時と比べて明らかに反応が薄い。
1時間経過。気配なし。。。

2時間経過。通り過ぎる際に合図をくれた車が20メートルほど
後ろで止まった。フロント3人乗りの小型トラックで、既に前に
若者が3人乗っているが、どうするのだろうか?一応私のために
止まってくれているか手を振って合図すると、「こっちへ来な」
と合図をくれた。とうとう捕まえたか。荷物を持って近づくが
荷台の扉を開けてくれる気配が無い。更に近づくと、突然車は
発進し、行ってしまった。先のコーナーでフロントが少し見えたが、
馬鹿笑いをしていた。まぁ、騙された訳です。

「なるほど、こういうこともあるのだな。」

その後10分ほど待っていると、今度は目の前に車が止まった。
でも、ドライバーの雰囲気がウェルカムっぽくないので、まずは
窓越しに話し始める。第一声が「いくら出す?」だった。意味が
わからず、「俺はヒッチしてるんだけど?」というと、「60ユーロ
でシュコーデルまで乗せて行ってやるよ。タクシーみたいなもんだ。」
というので、丁重にお断りした。更に10分後、また別の車が
止まり、「100ユーロ」とかありえない金額を指定してくる。
「20ユーロだったら考える」と言うと、「無理無理」みたいなサインを
出し、行ってしまった。そして、その後その車はこの辺を行ったり
来たりしているらしく、通り過ぎるたびに「プップー」とクラクションを
鳴らして行く。

「なるほど、こういうこともあるのだな。」

もし、これが始めてのヒッチハイクならこの時点で辞めていたかも
しれない。騙しやお金の要求があるとは思ってもいなかったので、
乗せてくれる人がいるといった期待が大いに揺らいでいただろう。
これまでの経験から捕まえられる事を信じて立ち続けた。

3時間経過。また、一台の車が目の前で止まった。即、バールまで
乗せてくれると言ってくれた。ヒッチハイク成功。荷物を詰め込み、
出発。乗せてくれたのは男女の若いカップルで、男性が英語を少し
話せる。でも、車の中ではほとんど2人が現地語で会話をしていた。
乗せてくれた理由は、2時間前にバールからブドバへ入る際に私を
見ていて、用事を済ませて戻る際にまだ居たので、不憫に思って
乗せてくれたらしい。長時間待ってみるものです。バールまでの
道のりは30km~40kmで、さほど遠くなく、なぜバスを使わないのか
不思議がっていた。まぁ、当然ですね。。。バス、5ユーロぐらい
だものね。。。

バールで降ろしてもらった後、2時間ほど食事や観光をし、バールの
南側へ移動してまたヒッチを開始。ホワイトボードからバールを
外して、今度は経由地であるヴラジミール(VLADIMIR)や国境の
場所であるシュコビン(SUKOBIN)を追加する。開始して間もなく
また「いくら出す?」と聞いてくる人達がいたので、即刻
「No Money」と返し、乗る気が無い仕草をしてみせた。こちらの
対応がはっきりしていると、彼らは直に「OK」と言って立ち去る
ので、さほど気にならない。

送信者 budva_to_sukodra
送信者 budva_to_sukodra

ヒッチ開始から30分ほどで車が止まってくれた。ウーチンまで
乗せてくれると言う。ヒッチ成功!止まってくれたのは
中年女性3人組だった。ヒッチ始まって以来、初めての女性
ドライバーだ。女性は100%止まってくれないと思っていたので、
かなり意外だった。ドライバーの女性が英語を話せ、気さくな
人だったので、気兼ねなく過ごせた。

ウーチンまでの道のりで色々話していると、国境まで乗せていって
くれるとオファーしてくれたので、甘える事にした。ウーチンに
着くと、一人を降ろして車を乗り換えると言うので、別の車に乗り
再び出発した。そして、町の中のパーキングに車を止め、また
別の車に乗るというので、荷物を降ろす。

なんかいやな予感がする。なんでそんなに乗り換えるのか。。。
そして、彼女の友達であるという中年の男性を紹介され、その
男性の車で国境まで行くという。荷物を詰め込み、女性2人が
後部座席、私は助手席に座って、また出発。車は山の中の
細い道をクネクネと進んでいく。正直、色々な事が頭をよぎり
何が起きても仕方が無いと覚悟した。

男性は英語が話せたので、道中は色々と会話をした。主に私の
話題だ。なぜヒッチしているのかとか、家族はどうだとか、
旅行にどれぐらいお金を使っているのかとか。。。

そんな話をしていると、あっという間に国境に着いてしまった。
車を降りて荷物を背負った私に、なんども「アルバニアでは
荷物に気をつけるんだよ」と何度も言ってくれ、国境チェック
へ向かう私を、本当に心配そうに見送ってくれた。

良い人たちだった。本当に、親切で。。。疑ってごめんなさい。

モンテネグロの国境チェックを通り過ぎると直にアルバニアの
国境チェックかと思いきや、建設中だった。わき道を通って
進んでいくと50mほどでプレハブ小屋より少しましな建物が
見えてきた。建物の前まで来ると、4人のオフィサーがいて、
なにやら喋っている。内一人はりんごをかじってる。なんとも
のどかな国境だ。1分ぐらいして、1人が私のパスポートを持って
建物の中へ入っていく。オフィサー達は誰一人として英語を
喋らない。待っているとタクシーの運ちゃんが10ユーロで
シュコーデルへ乗せていくぜとオファーしてくるが、乗る気が
無いと伝える。ちなみに運ちゃんも全く英語を話さない。
5分ほどして、パスポートが返ってきた。スタンプが押して
あるのかと期待して中を見てみたが、押していない。
アルバニア-モンテネグロは押さないのかと思っていると、
最後のページに押してあった。。。 おいおい、普通は
前のページから押すだろう。。。

送信者 budva_to_sukodra
送信者 budva_to_sukodra
送信者 budva_to_sukodra

建物の前で次に来た国境越えの車にシュコーデルまで乗せて
もらえる事になった。乗せてくれたのは若いモンテネグロ人男の
2人組み。仕事での移動らしい。シュコーデルまでの道のりでは
軽いカルチャーショックを受ける。道路を横切る鶏と雛のペア、
放し飼いの牛、荷物を運ぶのに馬を使っている人達、小さな川が
ゴミで一杯に埋もれている光景。なんというか、東南アジアの
田舎がこんな感じなんじゃないかと思うような、そんな景色が
シュコーデルまで続いていた。

シュコーデルのどこで降りたいか?と聞かれたのでバスターミナルへ
行きたいと伝えると、場所をしらなかった。。。 まぁ、ここからは
自分の問題なので、シュコーデルのどこかわからないが、適当に
降ろしてもらった。時間は17:00となっていた。

1度は来てみたかったアルバニアである。さて、どうするか。

2008年9月27日土曜日

プランなしでモンテネグロ

ポドゴリッツァで客引きが無かった事で、宿に困った。幸い
気温は10度以上ありそうで、野宿も選択できる。ここには
何も見るべきものが無いと聞いていたので、このままコトルや
ヘルツェゴノヴィやブドバやバールなどの海岸沿いの町へ
行くのも良いかも知れない。

フラフラと寝られそうな場所が無いかバスターミナルの回りを
歩き回っていると、サラエボからのバスで一緒に乗っていた
バックパッカーを見かけた。ひょっとしたら宿の情報を知って
いるかもしれないので、声をかけてみた。

男女のカップルだったので、恋人同士かと思いきや兄妹だった。
彼らも泊まる所が決まっておらず、ポドゴリッツァには安宿が
無くて、ブドバに行けばあると聞いて、ブドバ行きを決めた
らしい。バスは1時間後に出るのだとか。折角なのでこの流れに
乗ることにした。彼らに一緒に行動して良いか聞いて、「Yeah,
no problem.」との答え。

ブドバに到着したのは0:30。こんな時間で本当に大丈夫か?
私はまぁ、宿無くてもさほど困らないが、妹さんが一番困る
だろう。ヒポホステルってのがこの辺りで一番印象のいい
ホステルらしく、そこを探すことになった。

ほとんど人がいない。住所はわかっているが、聞いてみても
誰も知らない。いつもの私なら諦めて野宿場所を探して
いるだろうが、今回はそうも行かない。40分ほど歩き回り
やっと住所がわかる人に出会えた。

もう1時を回ってる。例え宿に辿り着いたとしても、ベッドを
割り当ててくれるのだろうか?この兄妹はとにかく前へ進む。
私はそれについて行く。

ヒポホステルに着いたのは1:30。まだ人が起きていた。
というか、なにかお祝いをしている。後で聞いたらモスクワ
から知り合いが来ていて、この日帰るからお別れ会を
していたのだった。そして、そこに泊まっている人も何人か
参加しており、幸運な事に、我々は、ほぼ誰に迷惑を
かける事なくベッドを手に入れた。

翌朝、宿主が「明日無料のコトルツアーをするのよ」と情報
をくれ、折角なので参加することに決めた。ってことは
ここに3泊する事になり、アルバニアで10月を迎える事に
なりそうだ。この日はのんびり海岸散歩と近くにある
小さな旧市街地に行くことにした。

海岸にはたくさんの水着姿の人達が。どちらかというと
年配者の人が多いような気がする。いわゆるビーチなのだが、
石がごろごろしていて、徳島の田井ノ浜のようだ。
ここをリゾート地として拡大しているモンテネグロに
必死さを感じる。でも、まぁ、後で聞いたのだが、砂より
石の方がべたべたくっ付かないから、こういったビーチを好む
人も多いそうだ。私なら砂が良いけどね。しかしまぁ、9月末の
週末にこれだけの人を集められるのはすごいな。

送信者 around_budva

送信者 around_budva

旧市街地は本当に小さかった。100㎡ぐらいだろうか。
売ってるのもブランドものや、宝石などが主で、私には
関係ないものばかり。雰囲気はクロアチアで見た
旧市街地と大差は無い。

送信者 around_budva

昨日出会った兄妹と一緒にお昼を食べたのだが、串焼き
豚肉とビール一杯で9ユーロも取られた。ビールは
まぁ、1.50だから大したことないが、レストランで
食事するとやはり高くつく。

送信者 around_budva

夕方、フラフラしていると日本語で話しかけられた。
胡散臭いおっさんだったが、ちょっと会話してみた。
10年以上前に、浦和になる前の三菱でサッカーのコーチを
していたそうだ。そしてその後3~4チームでコーチを
していて、合計10年ほど日本に住んでいたそうな。
日本語が片言なので、英語でちゃっちゃと質問したかったが、
失礼かと思い、そのまま日本語で会話した。聞きたい事が
たくさんあったのだが、タイムアップしてしまった。

ブドバで日本人以外に日本語を使うとは思っていなかった。
さすがは旧ユーゴスラビア、サッカーで名を轟かせた国。

しかしまぁ、プラン無しでもなんとかなるものですな。

これまで使ったお金(ユーロ)

パリのドミトリー 24 x2
パリのインターネットカフェ夜中8時間 x2
パリの一つ星ホテル 49 x2
列車、パリからレンヌの2等 56
列車、パリからベルサイユ往復 5.80
モンテルナスタワー屋上 約9.50
ルーブル美術館 9
レンヌYH 20
ジェネYHテント朝食付 9
ジェネYHテント 6
ジェネYH 11
バユーYH 18.50 x2
D Day博物館 6
ボロニューYH 17
モンサンミッシェルからハレまでのガソリン代 80
アンニャとのディナー 40
YHのメンバーになるためのシール 3 x6
列車、ハレからブルッセル 3
ブルッセルYH3人部屋 18.50
ブルッセルYH6人部屋 16.50
ユーロラインバス、ブルッセルからルクセンブルグ往復 32
ローカルバス、ルクセンブルグからエヒテルナッハ 1.50 x2
エヒテルナッハYH 17.50
エヒテルナッハキャンプ 10
ルクセンブルグYH 19.50 x2
列車、ルクセンブルグからリエージュ 36
リエージュYH 17.5 x2
ベルギーワッフル 1.50
列車、リエージュからアントワープ 14.60
アントワープユースホテル4人部屋ドミトリー 21
アントワープピザとビール 8.50
ドルドレクトキャンプ 10
(オランダのYHは毎日値段が変わる)
ロッテルダムYH 29
アムステルダムYH 20 x2
レンタル自転車 10
アムステルダムホステル、フライイングピッグ 28.70
トラム、アムステルダム1ゾーン 1.60
Largeポテトフライ、アムステルダム 3
バス、ユーロラインパス+予約料 439+5
ストラスブールYH 19
マクドナルドビッグマッククラスセットラージ 7
ミランYH 19
シングルアイスクリームコーン 2
列車、リヨンからジュネーブ 22.90
ジュネーブYH 29フランク
ブラティスラバ格安ホテル1人部屋、TAX含む 450sk(1ユーロ≒30sk)
コペンハーゲンYH 200デンマーククローネ シーツ50デンマーククローネ
ベルリンホステル 21.50 朝食3.50
チェコ格安ホステル 270チェコクローネ
チェコのバー500mlビール 24クローネ
タリンツイン 500クラウン(1人250クラウン)
タリンホステル 200クラウン x 3
タリンのビッグマックセット 60クラウン
タリンのピザディナー 100クラウン
ケルンのビッグマックセット 6ユーロ x 2
列車、プラハからドレスデン 600クローネ
ドレスデンのホステル 土曜12ユーロ 日曜7ユーロ シーツ3ユーロ
列車、ドレスデンからエルフルト 19ユーロ
列車、エルフルトからワイマール往復 6ユーロ
列車、エルフルトからドイツ国境(チェコ国境) 19ユーロ
列車、ドイツ国境からチェコ国境 3.70ユーロ
列車、チェコ国境からブダペスト 53ユーロ
ブダペスト日本人ホステルアンダンテ 14ユーロ x 2
ブダペスト温泉 2300フォリント
ブダペストアンダンテ近くのカレー屋 950フォリント
列車、ブダペストからバルトンシュメス 2050フォリント
列車、バルトンシュメスからナカニッツァ 1350フォリント
列車、ナカニッツァからザグレブ 3150フォリント
ザグレブホステル500mlビール付き 100クナー
ザグレブバラック(肉入りパン) 12クナー
バス、ザグレブからプリトビッチェ 100クナー
プリトビッチェ入場料 220クナー
バス、プリトビッチェからザダル 98クナー
ザダルSOBE 80クナー x 2
スプリットSOBE 120クナー
フェリー、スプリットからドブロブニク 97クナー (8時間)
ドブロブニクSOBE 70クナー x 2
瓶ビール500ml 7クーナ
ペットボトルビール2リットル 17クナー
モスタルホステル 10ユーロ
列車、モスタルからサラエボ 10マルク
サラエボホステル 12ユーロ
レストランのチェバブチチ 7マルク
持ち帰りブレック 2.50マルク
バス、サラエボからポドゴリッツァ 35マルク 荷物1マルク
バス、ポドゴリッツァからブドバ 6ユーロ
ブドバホステル(ヒポホステル) 12ユーロ
バス、ブドバからコトル3ユーロ
ティラナホステル 12ユーロ又は1500レク
ベラートホステル 8ユーロ又は1000レク x 3
シュバーハ、肉とサワクリームとポテトのディッシュ 200レク



ユーロライン予約手数料
アムステルダム 5
ストラスブルグ 0
ミラノ 5
リヨン 0
ジュネーブ 5フランク 荷物預かり料1つ 2フランク
ブラティスラバ 150sk
ウィーン ?
クラコウ 0
ハンブルグ 0
コペンハーゲン 0
ベルリン 3
プラハ 0
タリン 0
ケルン 0


旅した経験、プライスレス

2008年9月26日金曜日

サラエボからモンテネグロへ

サラエボからモンテネグロ入りするには2つのルートが考え
られる。1つはモスタル経由でドブロブニクまで行き、
そこから海岸沿いにモンテネグロへ行く方法。もう1つは
直通の山道を通る経由。

ドブロブニクから来る際はモスタル経由だったので、今回は
山道を選んだ。バスの時間を調べると、ポドゴリッツァ行きの
8:15と14:00がある。ヒッチハイクも考えたが、距離が
若干遠めと、経由する町の情報がよくわからず、また雨も
強く降っていたので、バスで移動する事にした。

8:15のバスに乗るべく7:15に宿を出発しようとするが、
バス停の名前をよく見ると「East Station Sarajevo」と
書いてある。そして、その場所はメインステーションから
遠く離れ、高い丘を越えた町の南側に位置している。
時間的に間に合いそうだが、行き方がわからない。残念
だが朝の便は諦めた。14:00の便に乗るとポドゴリッツァに
到着するのが21:00頃になってしまうので、もう一泊して
次の日に伸ばそうとしたが予約で一杯だったため、仕方なく
14:00の便に乗る事にした。

バスの乗車率は90%ほど。大きさ的にはマイクロバス程度
だが、こんなに一杯になるとは思っていなかった。18ユーロ
という値段設定なのか、それとも週末のせいなのか。。。
バックパックのような大きな荷物を持った人はたった3人なので、
ほとんどが地元の人なのだろう。

バスは山の中を走行する。かなり曲がりくねっていて細い。
断崖絶壁の脇を掘って道を作っているので、結構怖い。
もちろんガードレールなんか無いので、全てはドライバー
次第。対向車が来る度にぎりぎりで通り過ぎていく。

国境にさしかかるとパスポートチェックがある。クロアチア
からボスニアヘルツェゴヴィナへ入った際は何のチェックも
無かったので、旧ユーゴスラビア内ではチェックが無いのかと
思っていたのだが。そして嬉しいことにモンテネグロ入国の
スタンプをもらえた。フランス、クロアチアに次いで3回目の
スタンプだ。

モンテネグロに入ると道は広くなった。相変わらず山道を
くねくねと進むが、それほど怖い場所も無い。

しかし、ずっとサラエボからずっと山道だ。ここら辺の国が
こんなに山の国だったとは思わなかった。平地率とか日本と
変わらないんじゃないだろうか。

予定通り20:30にバスはポドゴリッツァへ到着した。早起き
だったのでバスの中で寝られるかと思っていたら、ほとんど
寝られず、今日はかなり疲れた。でも、山の景色はなかなか
良かったので、乗った甲斐はあったかな。

ターミナルに着けばSOBEの勧誘があるかと思っていたが、
来るのはタクシーの運ちゃんの誘いだけ。これから宿探しを
しなければ。。。

送信者 sarajevo_to_podgorica

送信者 sarajevo_to_podgorica

送信者 sarajevo_to_podgorica

青い目のイスラム教徒-サラエボ

日本を出発した時は、サラエボに行こうなんて思っていませんでした。
昔、戦争があった時期によく聞いた名前ですが、最近はそれほど
ニュースにも上がらず、どんな場所なのかも想像できませんでした。

行くことに決めたのは、旅の途中で旧ユーゴスラビアが今どうなって
いるのかが見たくなった事と、資金面の問題で安いところへ移動
したくなっていたからです。

この国へ来たのは正解でした。最初、ボスニアヘルツェゴヴィナへ
足を踏み入れてみてかなりの衝撃を受けました。民族や宗教が
混じって町が出来ているとは聞いていましたが、実際に自分の
目で見ると不思議な感じがします。

サラエボに入る前は、トルコ人と見た目が近い人が多いのかと
思っていたら、実際には私達が白人と認識するような人もたくさん
います。私は、アメリカのドラマの見すぎで、イスラム教徒
といえば中東の人のイメージがあり、町を歩いてみて自分の
持っているイメージとの差の大きさに驚きました。実際、
青い目で金髪のイスラム教徒を見た時には、私の常識は完全に
置き換えられました。

この宗教のごった返した町、なるほど宗教戦争が起きてしまう
のも理解ができました。

ジプシーに気をつけろ

ボスニアヘルツェゴヴィナに入る前に複数の人から注意を
受けたのが、「ジプシーに気をつけろ」ということです。
本物のジプシーとはちょっと違うらしいのですが、似たような
生活をしている人達がいて、旅行者の荷物をよく狙うらしいです。

夜道を襲ったりしてくるわけではないので危険は無さそうですが、
いつの間にか持っている荷物がなくなっている、というのが常套手段
のようです。バックパックのように重たい荷物は盗まれにくい
とのことですが、基本的に洋服でも食べ物でも何でも盗むそうです。

アドバイスを受けて、いつもより更に気をつけて身の回り品には
気を配り、おかげで滞在中は何も起きませんでした。